(原文はB5判 縦書き3段組み)
東 京 凌 霜 謡 会
◇出席者
高田小園(大5故透夫人)、岡田茂義(昭4)、石井千澄(昭7)、大久保治一(昭11)、
吉野正二(昭12)、戸野本時彦、渡邊藤四郎(以上昭13)、大角征矢(昭29)
菊慈童 吉 野 渡 邊
実 盛 岡 田 大久保
戸野本
定 家 大久保 渡 邊
吉 野
通小町 石 井 戸野本
紅葉狩 大 角 岡 田
吉 野
▽・・・・第三九六回・十一月二十四日(土)
三 輪 岡 田 戸野本
経 正 大久保 大 角
井 筒 吉 野 渡 邊
花 筐 石 井 大久保
戸野本
吉 野
船弁慶 (前)戸野本 石 井
(後)渡 邊 大 角
附祝言
▽・・・・第三九七回・十二月二十二日(土)
午後一時・於 銀座交詢社
戸野本
和布刈 吉 野 渡 邊
朝 長 高田夫人 岡 田
渡 邊
葛 城 大久保 吉 野
渡 邊
鉢 木 岡 田 大久保
戸野本
猩 々 戸野本 石 井
暮れも押し詰まった十二月二十七日午前二時、三木静雄氏(昭4)がお亡くなりに
なりました。
正月から六月まで毎月元気に出席され大曲のシテや地頭など勤められましたが、猛
暑の夏から休まれ、涼しくなったらまた元気なお顔を見せられるだろうと思っていま
したのに、不帰の客となってしまわれました。
来年の三月の第四〇〇回記念大会の出欠案内のお返事にも何時もと変わらぬしっか
りした筆跡で、出席したいのは山々だがまだ少し自信がない旨の葉書を頂いたばかり
でした。
一月・・・・東北シテ。 二月・・・・雲林院シテ。 三月・・・忠度ワキ。
四月・・・・大原御幸シテ。 五月・・・・頼政シテ、葵上ワキ。
六月・・・・邯鄲ワキ、景清・・・・ワキ
が同氏の今年になってからの謡われたものでした。
謹んで同氏のご冥福をお祈り申し上げます。
思えば今年は、二月に三木氏と同期の安村慶次郎氏を失い、十月には高田夫人のご
長男俱之氏を失い、今また三木静雄氏他界され、東京凌霜謡会としては二重三重の打
撃を被りました。
「紅顔空に消えて、華麗を失へり。飛揚の魂いづくにかひとり赴く・・・・思ひや跡に
残るらん」(愛染川クセ)
(大角 記)